これまで「相続コラム」では、制度や手続の基本を中心にお伝えしてきました。
新シリーズ「ケースで学ぶ相続」では、実際の現場で起こり得る“リアルなケース”を通して、感情と法律のはざまを読み解いていきます。
ある日、Aさん(60代・長男)は母の訃報を受け取りました。
葬儀が終わり、遺品整理をしていると、仏壇の引き出しから一通の自筆証書遺言が出てきました。
そこには、こう書かれていました。
「自宅の土地建物は長男Aに相続させる。」
母は晩年までAさん夫婦と同居しており、介護や生活の面倒を見てもらっていたことからも、Aさんは「やはりそうだろう」と納得しました。
しかし、四十九日の法要を終えた頃、次男Bさんから思いがけない連絡が入ります。
「兄さん、公証役場で作られた母さんの遺言書が出てきたんだ。」
その遺言書には、すべての財産を二人の子に等分すると記されており、日付は自筆証書遺言の約1年後。
Aさんは驚きました。
「母は俺に家を継いでほしいと言っていたのに……。あの言葉は何だったんだ?」
一方、Bさんも複雑な思いを抱いていました。
「兄さんばかりが得をするのはおかしい。母もそれに気づいて書き直したんじゃないか。」
家族の間に、目に見えない溝が生まれ始めます。
こうした「複数の遺言書」が見つかるケースは、実務上、決して珍しくありません。
元気なうちに作った遺言を、後から考え直して書き直す。
あるいは、専門家の助言を受けてより正式な形に作り直す。
高齢化が進む中で、遺言を“アップデート”する人は増えています。
では、二通の遺言書がある場合、どちらが有効になるのでしょうか?
民法第1023条には、次のように定められています。
「遺言の撤回は、後の遺言によってすることができる。」
つまり、新しい日付の遺言が古い遺言を撤回したものとみなされるのが原則です。
このケースで言えば、後から作成された公正証書遺言が有効と扱われるのが通常です。
ただし、現実の判断は単純ではありません。
「新しい遺言に撤回の意思が明確に書かれていない場合」や、
「本人の判断能力が疑われる場合」には、前の遺言の一部が残ることもあります。
また、家庭裁判所で“有効性そのもの”を争う訴訟に発展することもあります。
次回(相続コラム104)では、
AさんとBさんが実際にどのように遺言の有効性を確認し、どんな結末を迎えたのかを見ていきます。
そこから浮かび上がるのは、「形式の正しさ」だけでは測れない、家族の信頼と意思確認の大切さです。
当事務所では、